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河田 純一 さん

受け身では何も変わらない―― 人の輪を広げる活動を始める

大学に再入学したのは2012年のことです。実は2007年に退学した後、今度は母親が悪性リンパ腫を発症、入院してしまったのです。そのため数年間は自分の治療と並行し、看病や家事に明け暮れていました。アルバイトもしていたのですが、今後の人生を考え、どうしようか悩んだ結果、もう一度大学に戻ることにしました。
再入学したのは同じ大学の人間学部人間学科です。他の大学も考えましたが、直接大学に行って相談をしたところ、学科のほうから「単位を持ち越した形での再入学制度を利用しては」とアドバイスをしてくれました。ちょうど卒業パーティーで声をかけてくれた先生が学科長になられていたこともあり、理解が得られたのだと思います。
久しぶりに机に向かうのは思いのほか大変でした。基礎科目からやり直さないと授業についていけなかったので、当分は教科書にかじりついて勉強していました。
一方で、授業以外の活動もしていました。
大学が支援するNPO法人が、地域のコミュニティスペースを運営しており、そのスタッフとして働いていたのです。近隣の商店街の空きスペースを開放し、お年寄りや障がいを抱える人、養護学校の子どもたちなど、地域の人びとに活用してもらう取り組みでした。大学の宗教学の講義をここで行うこともあれば、生活保護を受給する人を招き、食事会やお茶会を開くこともありました。近所に仏像を彫るのが得意な方がいらしたので、その方に仏像彫刻の講習会を開いてもらったりもしました。
残念ながら、このスペースは2012年末に閉鎖されてしまったのですが、幅広い年齢層の方と出会えたことは、私の人生の大きな糧となりました。患者会の運営のお手伝いもしていますが、同じ意味でよい経験になっています。
このように、人と積極的にかかわる機会は、発症前に比べて格段に増えた気がします。
以前からSF小説の愛好家だったのですが、CMLになってからSF小説ファンの集まりに参加したり、そこで知り合った人たちと読書会を開いたりするなどの活動をするようになりました。
薬を飲みながらの生活をしていると、副作用などによって外出しづらいこともあって、人との接点は生まれにくくなります。しかし次第に、「受け身でいては何も変わらない、やはり自分から動かないとだめなんだ」という気持ちが生まれてきたのだと思います。
もちろん、発症当初は気持ちが落ち込み、消極的になりがちでした。しかし、10年近くCMLとつき合ううちに、「病気である自分」と冷静に向き合えるようになってきました。
他の人の話にしっかり耳を傾けたり、周囲のことを考えたりといった余裕も出てきました。病気との闘いが、自分を強くしてくれたのかもしれません。

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