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Satoko さん

シンガーソングライターとしてできること


欠かすことのできないマイ・ギター

本格的に音楽活動を始めたのは、CMLを発症した2005年6月。初めて骨髄穿刺したその日、大きなギターケースとスーツケースを手に大阪に向かい、ライブに参加しました。「モニュメントを遺したい」という思いが漠然とあったように思います。それまで仕事として音楽に携わっていたのですが、病気を告知されて、初めて自分のために作詞作曲するようになりました。もっとも、ピアノに向かっても泣き崩れてしまい、なかなか最後まで歌えなかったのですが。
この病気になってからは、やりたいことを思いついては企画書を書きまくっていました。同じく白血病を経験された渡辺謙さん、国際白血病財団を設立したオペラ歌手、ホセ・カレーラスさんに会いたい、とか。大それた夢ばかりでした。
しかし、あるときから、自分のための音楽活動が「みんなのための音楽活動」に変わっていったことを覚えています。「自分の音楽で橋渡しができないだろうか?」「不安を乗り越える手伝いができないだろうか―― ?」。
歌手の本田美奈子さんが白血病で亡くなったのは2005年11月のこと。彼女が登場する、骨髄バンクドナー登録の公共広告を見るたびに、目標をもらったような気がしていました。彼女の遺志を受け継ぎたいという強い思いが湧いてきたのです。週1回のペースでライブ活動を行うようになったのは、こうしたいきさつがあってのことでした。
それから、今、もうひとつの夢に挑戦しているところです。いつか、「自分の音楽をジブリの短編映画で使ってもらう」という夢―― そうすれば、きっともっと多くのがん患者さんやその家族を励ますことができる、と思うのです。

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