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Satoko さん

最初に発見されたのは「子宮頸がん」だった


大好きな宮古島

CMLを発症するまでは、入院や手術の経験もなく、まったくの病気知らずでした。
ふとした時に熱っぽさを感じるようになったのは、2005年4月頃でしょうか。風邪をひいてるわけでもないのに、なんとなく気だるいのです。いつもなら元気よく歩いていく場所へも、ついタクシーで楽して行きたくなる感じ。「春だし、怠け病にかかっているのかな」くらいに思っていました。
それだけに、その直後の自治体の検診結果を見た時はギクッとしました。子宮の検査項目に「要精密検査」と書かれていたのです。真っ先に頭をよぎったのは「これで大好きな宮古島へ行けなくなってしまう」ということでした。
宮古島は、検診結果が出るちょっと前に友人と旅した地です。透き通った海。ここちよい風。温かな人情―― すべてが感動的でした。なんとしても再訪したいと、現地のリゾートホテルと交渉し、ピアノ演奏の仕事を取り付けていました。音楽系専門学校の講師を長く務めていた私ですが、ピアニストとしても活動していたのです。
結局、旅行は泣く泣く断念。近隣の総合病院で精密検査を受けました。その結果、子宮頸がんと診断されました。さらに、手術のために行なった血液検査からCML(慢性骨髄性白血病)の疑いがあることも判明したのです。大学病院で骨髄検査を受け、正式にCMLを告知されたのは6月末のことでした。子宮頸がんだけでなくCMLまで―― あのときの絶望感は忘れられません。
35歳。いろいろな夢を抱いていました。子どもを持つこともそのひとつでした。でも、CMLの治療中は妊娠を避けなければなりません。人生の選択肢を自由に選べると思っていた私。でも、これからはそうじゃないんだ……。白血球数が増加していく現実に、頭の中はパニック状態でした。

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