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村上 公一 さん

治療開始後、血球数のコントロールに苦労した

1週間後、妻と一緒に病院へ行き、CMLの確定診断を受けました。分子標的治療薬が処方され、先生から、「今日から飲んで下さい。体に発疹がでたら、すぐにやめて下さい」という説明を受けたので、1日目の夜は緊張して飲みました。「自分はこの薬を飲める体なのか?」と不安だったのです。起きてからすぐに体中を点検したら、無事、発疹は出ていなかったので安心したのを覚えています。
しかし安心したのもつかの間、ほかの副作用に悩まされることになりました。血球数が標準値より下がり過ぎてしまったのです。血球数が下がってくると、体がだるく、辛くなるし、体の免疫機能が落ちるので、手洗い、うがいやマスク着用にすごく気を付けなければなりませんでした。一度風邪をひいたら1ヵ月は治らず、大変でした。先生の指示のもと、血球数が下がったら休薬して、戻ったら服薬再開、と、服薬と休薬を何度も繰り返しました。辛かったのですが、服薬する時は頑張って薬の量を減らさずに飲みました。
その甲斐あってか、1年かけて何とか細胞遺伝学的完全寛解(CCyR)を達成しました。でも、だるさに耐えられず先生と相談して少し薬を減らした結果、最終的に1年半以内に到達する目標だった分子遺伝学的効果(MMR)を達成することができなかったのです。
そのため、先生からは造血幹細胞移植を提案されたのですが、移植をするとその後社会復帰するのに1年以上もかかることがあるとか、死亡するリスクもあると聞いていたので、何とか薬での治療を引き延ばしたいと考えました。
通院のたびに先生から「移植の決意はできましたか?」と聞かれ、「いや…」と言い続けて3年くらい経った頃、先生から「ほかの分子標的治療薬の治験がありますが、やってみますか?」と勧められたので、喜んで参加することにしました。その結果、その薬は効いて目標としていた分子遺伝学的完全寛解(CMR)を達成することができたのです。

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