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村上 公一 さん

「死ぬかもしれない」と思ったら、物事の見え方が変わった

その日から診断が確定するまでの1週間は、「死ぬのが怖い」という気持ちと「誤診だろう、大丈夫」という気持ちが交互に襲ってきました
夜間に仕事があり一人で車を運転している時などは、「死」というものが怖くてたまらず耐えられない気持ちになりましたが、少し日が出て明るくなってくると「大丈夫じゃないか」という気持ちになってくる。その繰り返しでした。インターネットでCMLのことを調べると、分子標的治療薬という新しい薬が効けば大丈夫らしい、ということが分かってきましたが、6年前はまだ、分子標的治療薬のことが書かれていないサイトもあって、「CMLは造血幹細胞移植でしか助からない」「急性転化したら余命は半年」といった、厳しい情報を見ては落ち込んでいました。どの情報が正しいのか、当時は判断ができなかったのです
それでも、妻の前では「死ぬかもしれない」という不安な気持ちや弱い部分は、絶対に見せられないと思って、冷静を装っていましたし、子ども達とも、いつも通りに接しようと頭では思っていました。でも、時々「ニコッ」と笑顔を見せられたりすると、「子どもの笑顔ってこんなにかわいかったんだ」と、それまで気にも留めなかったことが急に新鮮に感じられたり、「この笑顔をあと何回見られるのかな」と思うと涙が出てきてしまうこともありました。まだ幼かったので、僕が死んだらどうなってしまうのかと考えると、絶対に死ぬわけにはいかない、という気持ちになりました。
僕はそれまで、数えるほどしか泣いたことがなかったのですが、その週は何かあるたびにぽろぽろと涙がこぼれて、仕事から帰って家族の顔を見てはなぜか涙が…と、そんな感じでした。

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